お彼岸とはどんな意味で何をする期間?7日間あるのには深い理由が!


春と秋の年に2回あるお彼岸。
多くのご家庭がそうされているように、我が家でもお彼岸が近づくと、母とどの日にお墓参りに行くかの相談をします。

それが当たり前すぎて、なぜお彼岸にはお墓参りに行くのか、考えたこともありませんでした。

いえ、それもちょっと違うかな。
お彼岸にお墓参りに行くのはナゼかな?と思いつつ、そういう決まりだからと知ろうとしてこなかったように思います。

ですが、そろそろ知らないと恥ずかしい年齢(笑)になったような気がして、調べてみることにしました。

調べてみると、思っていた以上にお彼岸というのは深い意味のある期間だと分かり、今までと違う気持ちでお彼岸を迎えれそうです。

本日は、お彼岸について調べたことをシェアさせていただきますね。

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お彼岸とはどういうもの?

お彼岸_西に沈む夕日
そもそもお彼岸とはと考えだしたら、疑問がいっぱい出てきました!

そこで出てきた疑問の順に調べてみたところ、次のようなことが分かりました。

  • いつごろ、どこで始まったのか
  • お彼岸は仏教行事ですが、聖徳太子のいた時代に始まった日本独自の仏教行事だそうです。

  • 彼岸という言葉はどういう意味があるのか
  • 「彼岸」は、仏教の言葉で「あの世」という意味でした!
    元はお経の一部から来ていることも分かりました。

  • なぜお彼岸は7日間あるのか
  • お墓参りにいつ行ってもいいように7日間あるのではなかったです(笑)。
    仏様の境地に近づくための修行をするという深い深い意味がありました。

  • なぜ春と秋の年2回あるのか
  • 春分と秋分の日は、昼と夜の時間がほぼ同じです。
    この日は、太陽が真東から昇って真西に沈むのですが、仏教では西は「あの世」がある特別な方角。
    それが、お彼岸が年2回ある理由でした。

  • なぜお彼岸にはお墓参りをするのか
  • 昔の人にとって、真西に太陽が沈む彼岸は年2回の「あの世」と「この世」が近くなる大切な時期でした。
    そこにご先祖様に感謝するという修行が結びついて、お彼岸にお墓参りに行く風習が生まれたのです。

  • なぜお彼岸といえばおはぎなのか
  • おはぎに使う小豆は、あの赤い色に厄除けの力があると信じられていました。
    ご先祖様に魔よけの願いを込めて供えたのが、おはぎの由来と言われています。

順番に詳しく説明していきますね。
ちょっと長くなりそうですが、最後までお付き合いください~。

お彼岸が始まった由来

お彼岸とは、本来、ご先祖さまや自然に感謝をささげるとともに、日ごろの自らの行いを省み、より良い行いをしようという心がけを新たにする仏教の修行期間のことだそうです。

この期間、多くのお寺では「彼岸会(ひがんえ)」という法要が営まれます。

ご存知のとおり仏教は、古代インドで生まれて、中国を経て日本に伝わりました。
てっきり、お彼岸もインドや中国から伝わってきたのかと思いきや、お彼岸は日本独自の仏教行事だそうです。

一方で、お彼岸と同じくお墓参りに必ず行くお盆にも盂蘭盆会(うらぼんえ)や施餓鬼法要(せがきほうよう)などの仏教行事が行われますが、こちらは仏教の教えと一緒に伝わってきたのだとか。

彼岸が日本で始まった歴史は大変古く、聖徳太子の時代までさかのぼることが出来ます。
「日本後記」に、806年に行われた法要が記されていて、それが最も古い「彼岸会」の記録になります。

では、「彼岸」という言葉にはどういう意味があるのでしょうか。
続いて、言葉の意味を見ていきたいと思います。

彼岸という言葉の意味

「彼岸」という言葉は、“あちら側”ということですが、仏教の言葉で”あの世”を意味します。

しかも、単に死んだ後に行く世界というだけではなく、 “あの世”である「彼岸」は、悟りと安らぎに満ちた素晴らしい世界とされています。

反対に、今、私たちが生きているこの世は、仏教では「此岸(しがん)」といいます。
「此の岸(このきし)」、つまり“こちら側”ということですが、仏教では“この世”は迷いを苦しみに満ちた世界と考えられています。

そして、この世を耐えて生きている人間は、安らぎと悟りに満ちた「あの世(彼岸)」にたどり着くために修行を積まなければならないというのが仏教の教えです。

そのためには6日間の修行が必要とされていて、それが、お彼岸が7日間ある大きな理由でもあります。

では続いて、お彼岸の期間について説明しますね。

「彼岸」は古代インド語が語源!

「彼岸にたどり着く」ことを仏教の言葉ではあらわすと「到彼岸」となります。

これは、般若心経というお経の中の「波羅蜜多(パーラーミター)」を日本語に訳したものです。

般若心経を写経したり読経したりしたことがおありの方なら、よくご存知かと思いますが、般若心経は全く日本語にない言葉の連続ですよね。
漢字なのでもちろん知っている漢字も多いのですが、漢字から意味を理解するのは素人には不可能です。

それもそのはずで、般若心経は、古代インドの言葉であるサンスクリット語が原文です。
しかも、その原文を漢字の音で表記したものなので、私たちが知っている漢字の意味とつながってこないのですね。

「彼岸にたどり着く」をサンスクリット語に訳すと『パーラーミター』という言葉で、それに漢字の音をあてたものが「波羅蜜多」。

逆から考えていくとよく分かりますね(笑)。

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お彼岸の期間が7日間あるのは?

最初の部分で、「彼岸」は修行の期間だとご紹介したのを覚えていらっしゃいますか。

その修行が、先ほどご紹介した、悟りと安らぎに満ちたあの世である「彼岸に到る」ために行うものなのですね。

それもどんな修行をするのか、具体的に決められていて、それが「六波羅蜜(ろくはらみつ)」という6つの修行になります。

六波羅蜜の6つの修行

  • 布施(ふせ)
    物やお金への執着をなくし、人のために良いことをすること
  • 持戒(じかい)
    戒律を守り、他人に迷惑をかけずに人間らしく生活すること
  • 忍辱(にんにく)
    苦しさや困難を耐え忍び、寛容でいること
  • 精進(しょうじん)
    ささいなことにとらわれずに、常に最善を目指して努力すること
  • 禅定(ぜんじょう)
    心を静かに持ち、動揺しない事
  • 智慧(ちえ)
    物事の真実を見抜く力を身に付けること

修行というから、滝に打たれるとか断食とか思いましたが、そんな厳しいことではなかったですね。

なぜなら、「六波羅蜜」というのは、仏様に近づくための6つの心がけを意味しています。
そして、この心がけを一日に一つずつ修めていきましょうというのがお彼岸の修行です。

お彼岸には「六波羅蜜」を6日かけて行っていきますが、3日修行を行った次の日は、修行を休んでご先祖様に感謝をし、また翌日から残りの3つの修行を3日かけて行っていきます。

ご先祖に感謝する日は、ちょうど真ん中にあたるため、「彼岸の中日(ちゅうにち)」といい、春のお彼岸では「春分の日」にあたり、秋のお彼岸では「秋分の日」にあたります。

ご先祖への感謝にあてる1日と修行にあてる6日を合わせて7日間。

これが、お彼岸が7日間ある理由だったのです!

でも、なぜ六波羅蜜の修行とご先祖への感謝は年1回ではなく2回必要なのでしょうか?
(いえ、2回が多いと言いたいわけではありませんよ(笑))

次でその理由を説明していきますね。

春と秋の年に2回あるのはなぜ?

家族
さて、お彼岸は、春と秋の年2回あります。
そして、1日だけを指すのではなく、春分の日と秋分の日の前後3日をあわせた1週間の期間をお彼岸と言いますよね。

この春分の日と秋分の日に共通する自然現象が、年に2回お彼岸がある最大の理由なのです!

極楽のある真西に太陽が沈む日

春分と秋分の日、この二つの日は、昼間と夜の長さが同じということで知られていますよね。
それは、春分の日と秋分の日には、太陽がほぼ真東から上り、ほぼ真西に沈むからなのです。

これが、春分の日と秋分の日に共通する自然現象です。

このほぼ真西に太陽が沈むということが仏教ではとても大きな意味をもちます。

なぜなら、仏教では、西の方角というのは特別な方角で、西のはるか彼方には阿弥陀如来(あみだにょらい)がおられる極楽浄土があると考えられているからなのですね。
(あの西遊記でも、三蔵法師が目指していたのは、西の彼方にある西方浄土(さいほうじょうど)でしたね。)

そして、昔の人はこう考えました。
太陽が真東から真西に動くということは、この世と極楽浄土であるあの世が最も近くなるということだ。
距離が近いということは、あの世にいる先祖に対して供養の祈りや、自らも極楽浄土に生まれ変わりたいという願いも届きやすくなる。

古くから、太陽や先祖は、人々にとって信仰の対象であり崇拝されてきました。
人間の本能ともいえる素朴な太陽信仰と先祖崇拝、それに仏教の極楽浄土を願う気持ちが結びついて発展していったのがお彼岸だったのです。

悟りに必要な「中道」という考え方

仏教では、お釈迦様のように“悟り”を開くことが大事にされていますが、そのために必要な考えが「中道」というものになります。

「中道」というのは、どちらにも偏らない物事の真ん中を意味しています。

春分・秋分の日は、昼と夜の長さもほぼ同じになる日でしたね。
それだけではなく、さらに、「暑さ、寒さも彼岸まで」と言われており、暑さと寒さの中間の日と言えるのです。

二つの中間が重なる春分と秋分の時期は、まさに中道そのもの。

こうして、春分と秋分の時期が、先祖供養や六波羅蜜の修行をするのにふさわしい時期と考えられるようになったのです。

中道思想誕生にはこんな話があります

昔、お釈迦様が大変苦しい修行をされて、死の淵まで自らを追い込まれたのですが、悟りが開きません。

そんなときに、通りかかった娘から牛乳を施されます。
その牛乳を飲んで瞑想に入られたところ、悟りに到達されたのです。
(「弓は張りすぎると弦が切れ、緩めすぎると矢が飛ばない」と娘が歌っているのを聞かれて悟りを開かれたともいわれています)

極端に苦しい修行でも、極端に贅沢な生活(お釈迦様は王子様でしたしね)でも悟りには至らなかったものが、ほどほどの修行、ほどほどの食事が揃ってお釈迦様の悟りが開けたということから生まれたのが「中道」思想です。

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お彼岸にお墓参りに行くのはなぜ?

いつもは遠く離れた地である東のこの世と西のあの世。
そして、あの世には極楽浄土があると信じられていました。

太陽が真東から上り、真西に沈む春分・秋分の日は、この世とあの世の距離が近くなるため、極楽浄土に生まれ変わりたいという願いも通じやすくなると考えられてきました。

さらには、お彼岸は、六波羅蜜の修行期間でしたよね。
6日間の修行の真ん中の日は、ご先祖様に感謝をする日でもあります。

お彼岸にはお墓参りをするという風習は、こうした背景から人々の生活に根付いてきたのです。

お盆とお彼岸は何が違う?

お盆とお彼岸、ともにご先祖様に感謝をし、故人をしのぶ期間ですが、過ごし方に違いがあります。

お盆は、ご先祖の霊を家にお迎えし、お盆の間を家で供養して、お盆明けにお送りします。
お彼岸は、お墓参りに行ってご先祖に感謝をすると同時に、自らの日ごろの行いを反省して、仏様の心に沿った行いを心がける期間です。

お盆もお彼岸もそれぞれの由来が違いますが、ご先祖に感謝を大切に、心が豊かになれるよう過ごしたいですね。

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お彼岸におはぎを食べるのはなぜ?

春分と秋分は、古代中国で考えられた季節を分ける区分である二十四節気の一つです。

それぞれ、春と秋の始まりであり、春分は種まきの時期、秋分は収穫の時期と、農耕社会では大変重要な時期だったのです。

春には種をまいて秋の収穫が多いことを祈り、秋には無事収穫できたことを感謝し来年の豊穣を祈る。
暑さも寒さも和らぎ、気候もちょうどよいこの時期に人々が五穀豊穣を祈った気持ちがよく分かります。

日本では古くから、小豆の赤い色には、魔よけの力があると信じられてきました
五穀豊穣を祈る彼岸の時期、餅に五穀豊穣の祈りを小豆には魔よけの願いを込めて供えたのが、おはぎの由来と言われています。

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まとめ

お彼岸は、般若心経にある「到彼岸(とうひがん)」から出来た言葉です。

「到彼岸」とは、苦しみにみちた“この世(此岸:しがん)”から、安らぎに満ちた悟りの世界“あの世(彼岸:ひがん)”に到達するという意味です。

つまり、「彼岸」とは、悟りの境地である彼岸にいたるための修行期間であり、日本独自の仏教行事でした。

彼岸に至るためには、「六波羅蜜(ろくはらみつ)」という6つの修行が必要とされています。
彼岸の期間は、一日に一つずつ六波羅蜜をおさめていきますが、中日は先祖に感謝し供養をささげる日にあたります。

また、昼と夜の長さがほぼ同じになる春分・秋分の時期は、この世とあの世が最も近くなる日でもあり、仏教の重要な思想である「中道」を象徴する期間です。

そうしたことから、春分と秋分の年2回がお彼岸の期間とされ、先祖への感謝と供養のためにお墓参りに行く風習が生まれました。

お彼岸の時期、今までは連休のどこでお墓参りに行けばいいぐらいに考えていましたが、これからは今回知った六波羅蜜のことをちらっとでも思い出して過ごしたいなと思います!

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