クリスマスにチキンを食べるのはなぜ? 日本でだけよく食べられる理由とは!


最近は、クリスマスのメイン料理もバリエーションが増えているようですね。とはいえ、やはりクリスマスには、ケンタッキーのフライドチキンという人も多いのではないでしょうか。

実際、日本のケンタッキー・フライド・チキンの売り上げの10%はクリスマスの前後3日間で上がるそうです。

私もそうですけど、ケンタッキー・フライド・チキンを食べるのはクリスマスのときだけという人が多いことが数字からも分かります。

ところがケンタッキー・フライド・チキンの本家アメリカでは、クリスマスは売れるどころか閑古鳥が鳴いているのだとか。

なぜ、日本でだけクリスマスとチキンが定番となったのか、気になったので調べてみました。節分と恵方巻のように、”イベントの食べ物あるある” な理由もありつつ、時代の変化が見えて面白かったです。

スポンサーリンク

日本でクリスマスにチキンが定番になった理由

クリスマスなぜチキンtop
日本でクリスマスの料理としてチキンが定番になった3つの理由を時系列でみてみましょう。

  • 明治時代七面鳥の丸焼きがクリスマス料理として入ってきた
  • 戦後、入手が難しい七面鳥の代わりにローストチキンが食べられるようになった
  • 1970年代、ケンタッキー・フライド・チキンがクリスマス・キャンペーンを開始し、フライドチキンがクリスマスイブの主役になった

シンプルというか、あまり深い理由はありませんでしたね(笑)。話のネタとなるべく、さらに詳しく見ていきましょう。

スポンサーリンク

チキンがクリスマスの定番になるまで

クリスマスのローストチキン

明治時代に七面鳥の丸焼きがクリスマス料理として伝わる

クリスマスというものが日本に初めて入ってきたのは、1549年の鉄砲伝来とほぼ同じタイミングと、意外にもかなり昔のことでした。

ですが、ご存知のように、豊臣秀吉がキリスト教の布教を禁止しキリシタンの弾圧を開始。その政策は江戸幕府にも引き継がれましたので、クリスマスが日本で広まったのは明治維新以降のこと。

明治維新以降、日本は欧米に追いつかんと、積極的に欧米文化を取り入れたわけですが、クリスマスパーティーのようなイベントも一緒に入ってきたわけです。

そしてクリスマスパーティーの料理として入ってきたのが、七面鳥の丸焼きというのは分かりやすい話ですよね。

ところが七面鳥の丸焼きは、ヨーロッパではクリスマスにテーブルに上がることはありません。アメリカの開拓の歴史の中でクリスマス料理として食べられてきたのが七面鳥の丸焼きです。

当時、明治政府がアメリカだけから学ぼうとしていたわけではありません。では、なぜヨーロッパではなくアメリカのクリスマス料理が残ったのか。

いろいろ調べてみると、日本最初のクリスマスパーティーが、1875年(明治8年)に東京の商法学校(現在の一ツ橋大学)の校長兼教師として来日していたアメリカ人の家庭で開かれたためだったと思われます。

クリスマスパーティー

アメリカで七面鳥の丸焼きがクリスマス料理になったのはなぜ?

では、ヨーロッパでは一般的でない七面鳥の丸焼きが、アメリカ合衆国でクリスマス料理になったのは、どういう理由からでしょうか。

アメリカには、11月第4木曜日に感謝祭という大きな祝祭日があることをご存知でしょうか。(最近、日本でもブラックフライデーのセールが開催されますが、感謝祭の翌金曜日がブラックフライデーです。)

感謝祭の日は親せきや友人が集まって食事をするのですが、感謝祭を「七面鳥の日(ターキー・ディー)」と呼ぶほど、必ず出てくる料理が七面鳥の丸焼きです。感謝祭とクリスマスには同じお料理が並ぶことが多く、七面鳥の丸焼きもクリスマス料理となったわけですね。

ターキーディー
アメリカの開拓史から始まった感謝祭

1620年の冬は寒さが厳しく、プリマス地域に入植していたイギリス人に大勢の死者が出ました。イギリス人の困窮を見かねた近隣地域のインディアンが、とうもろこしなど新大陸で育つ作物の栽培を伝授し、食料も援助してあげたのです。

おかげで何とか生き延びることができ、さらに翌年1621年の秋は豊作だったので冬を越す心配もありません。

そこで、インディアンを招いて神の恵みに感謝する食事会が開かれ、用意されたのが七面鳥の丸焼きです。以降、感謝祭に七面鳥の丸焼きは無くてはならない料理として、アメリカで親しまれています。

スポンサーリンク

戦後、ローストチキンが食べられるようになった

明治に伝わったクリスマスを祝う習慣は、第2次世界大戦後に復活し、じわじわと広がります。

当時もクリスマス料理として七面鳥の丸焼きは知られてはいたものの、日本では七面鳥はなかなかお目にかかれない食材です。

それでも1960年代の初めのころまでは、クリスマスのために七面鳥を求める人は多かったようですね。1956年12月9日の朝日新聞に、全国で七面鳥がクリスマス用に3万羽出荷されたが不足しているという記事が載ったことからも分かります。

やがて1960年代半ばにはなると、七面鳥に変わってローストチキンがクリスマスに並ぶようになっていきます。「ケーキ・洋酒・ローストチキン」がクリスマスの三種の神器という記事が、1965年12月11日の読売新聞の夕刊に残されています。

クリスマスの料理

ですが、読売新聞の記事の2年前の1963年に駒澤大学が行った調査では、クリスマスの日にケーキを食べる家庭が60.5%だったのに対して、七面鳥やチキンを食べる家庭は7.5%にとどまっています。

七面鳥に代わって、ローストチキンが登場したものの、クリスマスケーキの存在感には遠く及ばなかったことが分かりますね。

ケンタッキー・フライド・チキンのキャンペーン開始で激変

1970年11月、ケンタッキー・フライド・チキンの1号店が名古屋に誕生します。翌年5月には5号店として青山に出店。これが東京への初出店でした。

この東京青山店に、近所のミッション系の幼稚園から、「フライドチキンでクリスマスパーティーをしたいので、サンタクロースの扮装をして配達してもらえないか」という相談が寄せられます。

これに応じたところ、子どもたちも大喜びし、パーティーは大変盛り上がったそうです。

子ども大喜び

これをきっかけに、いろいろな学校からも注文が入るようになり、1974年12月からクリスマス・キャンペーンが展開されていきます。「クリスマスにはケンタッキー・フライド・チキン」というお馴染みのフレーズですね。

ケンタッキー・フライド・チキンのクリスマス・キャンペーンの開始から、クリスマスにはチキンというのが一気に定着し、それが現在にまで続いているのです。

クリスマスになぜサンタクロース?プレゼントを入れる靴下とも関係しているよ!

2018.08.28
スポンサーリンク

まとめ

クリスマスの定番ともいえるチキンですが、明治にクリスマスパーティーというものが入ってきてから、次のような順番で広まりました。

  • 明治時代七面鳥の丸焼きがクリスマス料理として入ってきた
  • 戦後、入手が難しい七面鳥の代わりにローストチキンが食べられるようになった
  • 1970年代、ケンタッキー・フライド・チキンがクリスマス・キャンペーンを開始し、フライドチキンがクリスマスイブの主役になった

クリスマスパーティーという文化と一緒に入ってきた七面鳥の丸焼きは、アメリカ合衆国のもので、開拓史と深いかかわりのある感謝祭で必ず食べられる料理です。感謝祭とクリスマスは、ほぼ同じ料理が並ぶため、クリスマスの食べ物として七面鳥の丸焼きが伝わりました。

1960年代半ばになると、日本で入手の難しい七面鳥の代わりとしてローストチキンがクリスマスに食べられるようになっていきます。ですが、家庭でクリスマスにチキン料理を食べる率は7.5%と低い数値でした。

1974年にケンタッキー・フライド・チキンのクリスマス・キャンペーンが始まると、状況は一変。フライドチキンはクリスマスの主役の座をつかみ、現在もクリスマスの定番として愛されています。

【参考文献】
東海大学紀要. 文学部(1982)松本 富士男 「サンタクロース像の成立」

あわせて読みたい記事