ワープロと言うものが出現してからでしょうか。
文字は、手が書くものからキーボードやタップして画面上に変換するものに変わってしまいました。
と同時に出てきたのが、変換キーを押すと似たような候補が表示されて、どちらを選べばいいかと言う悩み。
本日のテーマ、「じゅうぶん」も「十分」と「充分」が表示されてきます。確か、小学校で習ったのは「十分」だったと思うのですが、変換候補に「充分」と出てくると、「十」より「充」の方が意味が通じるような気もしてきます。
そんな毎回悩まされる「十分」と「充分」ですが、そもそも違いがあるのでしょうか。
言葉として意味の違い自体があるなら、きちんと使い分ける必要がありますよね。
果たして、使い分けるほどの違いが「十分」と「充分」にはあるのか、納得いくまで調べてきました!
言葉としての意味の違いは?
言葉の意味を知るには、やはり国語辞書を引くに限ります。
早速、我が家にある年代物の広辞苑を引いてみました。
じゅうぶん【十分】物事の満ち足りて、不足・欠点のないさま。
じゅうぶん【充分】十分(じゅうぶん)に同じ。広辞苑 第二版から
なんとまぁアッサリ(笑)
充分は十分と同じ、つまり、言葉として意味に違いが無いということですね。
違いを探す気満々だったのですが、思い切り出鼻をくじかれた感じです。
こんな時は、漢字辞典を調べると、意外な違いが見つかることがありますので、あきらめずに漢字辞典を引いてみましょう。
十分
- 物事の満ち足りること
- 十に分ける
充分
- 物事の満ち足りるさま。
- 俗に十分と同じに用いる。
角川漢和中辞典から
完全に空振りです。
頑張って探しても、満ち足りる「こと」と「さま」の違いぐらいですが、意味の違いとは到底言えません。
「十分」と「充分」は、言葉の意味としては全く同じで何の違いもないことが、さらに強調される結果になってしまいました。
では、なぜ同じ意味なのに、「十分」と「充分」といった二つの漢字熟語があるのでしょうか。辞書が同じ意味としている言葉を状況や場面によって使い分ける必要があるのでしょうか。
辞書とは違う角度からアプローチしたいと思います。
「充分」は当て字?
「十分」や「充分」といった言葉の表記の違いですが、なんと、文化庁の国語審気会でちゃんと議論されていました。
「十分」と「充分」――いずれも普通に行なわれている。憲法では「充分」を使っている。本来は「十分」であって,「充分」はあて字である。また,「十」のほうが字画も少なく,教育漢字でもあり,「充」はそうでないことなどからも,漢字を使うとしたら「十分」を採るべきであろう。しかしながら,最近では,この語はかな書きにする傾向がある。
公用文や「文部省刊行物表記の基準」などでは,かな書きを採り,「十分」と書くことを許容している。第5期国語審議会 語形の「ゆれ」の問題~漢字表記の「ゆれ」について(報告)3から引用~
審議会によれば、「十分」が本来の漢字で「充分」は当て字ということですね。
それを受けてか、文部科学省でも公用文書には「充分」を使わないと決められているとのこと。
さらには新聞各社も「十分」で統一されているそうです。
実際に2013年1月5日から2018年1月4日の5年間で、新聞紙面に「十分に」「充分に」「じゅうぶんに」の登場回数を調べてみたところ、「十分に」がダントツにずば抜けていることも分かりました。
表記 | 合計記事数 |
十分に | 129,590件 |
充分に | 555件 |
じゅうぶんに | 117件 |
*新聞トレンド(日経テレコン)で検索
さて、公用文書が「十分」で統一されているということですが、それを日常の使い分けにも当てはめていいのかどうかが残る問題です。
「十分」と「充分」に言葉の意味の違いが無かった以上、使い分けが必要なのかどうかという問題も出てきました。次で見ていきたいと思います。
十分と充分、使い分けは要る?
先ほど、漢字辞典で調べても「十分」と「充分」に意味の違いはないとお伝えしましたが、「十」と「充」という漢字には意味の違いがあります。
【十】まったい。完全である。
【充】みちる。みつ。みたす。角川漢和中辞典から
この違いから、「十分」は数量的に満たされていることであり、「充分」は精神的に満たされていることという説明をされているところも多いですね。
また人によっては、感謝の気持ちを伝えるときは、「十分」より「充分」の方が、誠意が伝って良いと考えられているようです。
ただ、この「十分」は数量的な満足感で「充分」精神的な満足感と言う説明は、辞書を調べてもマナー辞典を調べても根拠を見つけることができませんでした(>_<)
根拠が見つけられなかったということと、辞書では全く同じ意味であるということから、私としては、わざわざ使い分ける必要はないという結論にたどり着きました。
実際、私自身も以前は「充分」の方が丁寧で、数字の「十」より意味があるように感じていましたが、最近は「十分」もしくは「じゅうぶん」とかな書きしています。
今回、何故だろう?とあらためて考えてみたのですが、「充」より「十」の方が、やわらかく感じるようになったからだと気づきました。
使い分けるとしても、結局はニュアンスの問題になってくるので、「充分」の方が精神的な満足感にピッタリした表現と感じられる場合は「充分」を使っていいのではないかと思います。
ただ、公用文書は「十分」に統一されていることからも、ビジネスでは「充分」は使わない方がいいですね。
ちなみに、感謝を表す「気持ちだけで“じゅうぶん“」という慣用句がありますが、googleのニュース検索をかけると、
- 「気持ちだけで十分」は161件
- 「気持ちだけで充分」は7件
という検索数でした。
あえてというこだわりが無ければ、当て字の「充分」を使う必要もない?と思える検索結果ですね。
「十分」を漢字辞書で調べた時に、「春在枝頭已十分(はるは しとうにあって すでにじゅうぶん)」という漢詩が出典として紹介されているのを見て、そういえば漢字の生まれた国・中国ではどうなのだろうと気になって調べてみました。
すると、面白いことが分かりました♪
中国語では、「十分」と「充分」は違う意味の言葉で、さらに日本語でいう「じゅうぶん(満ち足りていること)」は中国語では「充分」になるそうです!
中国語では、「十分」は“とても、非常に、かなり”という意味で、程度が高いこと表わす副詞だそうですよ。
これだけ意味が違うと悩まなくていいのになぁと思いますね(笑)
まとめ
「じゅうぶん」は、「十分」と「充分」という2つの漢字があり、どちらを使うのか悩むことがあります。
調べてみたところ、「十分」「充分」ともに、“物事が満ち足りて、不足・欠点のないさま。”という同じ意味を持っていました。
また、文化庁が行っている国語審議会によると、「充分」は当て字であり「十分」と書くのが本来の姿ということです。
そのため、公用文書や新聞では「充分」を使わず「十分」を使うと統一されています。
一方、日常の生活では、「十」と「充」の漢字の意味の違いから、「十分」は数量的な満足感、「充分」は精神的な満足感を表わすと使い分ければよいという説明がされているところがあります。また人によっては、感謝の気持ちを伝えるときは、「充分」の方がより丁寧でふさわしいという考えもあります。
ただ、国語辞書やマナー辞典などでそうした使い分けの根拠は掲載されていないことや、言葉としての意味が同じということもあり、個人的には使い分ける必要はないと思います。
もし使い分けるとしても、
という区別で良いと思いました。