七五三の由来や意味!源氏物語にも出てくる儀式が元になっているって本当?!


11月ともなれば、街中でも七五三と分かるご家族を見かけることがありますね。着飾った子どもさんが可愛らしくて微笑ましいかぎりです。

そんな11月の風物詩ともいえる七五三。よくよく考えてみると、七五三の由来や意味を知らないことに気づきます。

神社に行って“これからも元気で大きくなりますように”とお祈りする行事という漠然としたイメージはあるんですけどね(笑)。

気になることは調べるに限ります。本日は、意外と知らない七五三由来や意味についてお届けしますね。

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七五三は子どもの成長を喜ぶという行事!

七五三の意味や由来top
では、早速、七五三の意味からお伝えしていきますね。

七五三は、多くの人が考えるとおり、子どもの成長を祝って神社にお参りする行事です。

現代の日本は、1歳未満の乳児の死亡率は0.2%(1000人に2人)ととても低く、子どもが幼くして亡くなるという不幸はあまり起こりません。

ですが、ほんの100年ほど前、明治時代では1歳未満の死亡率は約15%と、今では信じられないぐらいに高いものでした。(1899年の人口動態調査から)

昔は子どもが無事に成長するのが大変だった

近代に入った明治時代ですら、100人のうち15人が1歳を待たずに亡くなってしまっていたわけですから、明治より前の時代、子どもが無事に育つことが、いかに大変だったか想像がつきますよね。

飢饉や貧困で十分に食べられなかったこともありますし、衛生状態も悪く医療も発達いなかったため疫病で亡くなる子どもが本当に多かったのです。(一説では、江戸時代に無事に成人に成長できるのは50%未満だったと言われています。)

無事に3歳まで育ったと喜び、5歳まで育ったと喜び、7歳まで育ったと喜び。そうして、節目節目で子どもの成長を神様に感謝し、このまま無事に成長して成人するようにと祈らなくてはいられなかった気持ち、よく分かりますよね。

1歳の誕生日

7歳を迎えて、ようやく人として認められた?!

子どもが無事に育つことが大変だった時代。7歳まで無事に育つかどうかは神様にお任せするしかないという意味の「七つまでは神の内」という言葉があるほど、子どもが7歳を迎えるのは喜ばしい事でした。

庶民の間では、7歳になってようやく氏神様から氏子札(今でいう戸籍のようなもの)を貰うことができ、地域社会の一員となることができました。

しかし、7歳を迎えた子でも成長の過程で障害が残り、地域の働き手として期待できない場合は、氏子札も貰えず、間引きされたという話もあります。

現在の私たちからすると、むごい話に思えますが、貧しかった時代にはギリギリの選択だったのでしょう。皆が生きていくのが大変だったのです。。。

子どもの成長

ここまで七五三の意味について見てきましたが、続いて、どうして男の子は3歳・5歳、女の子は3歳・7歳に行うのかなど、行事としての由来をお伝えしていきますね。

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七五三の由来は平安時代にまでさかのぼる!

赤ちゃん産毛
七五三は、由来をたどると平安時代に宮中で行われていた行事にたどりつきます。思っていた以上に古い時代にさかのぼったので驚きました。

子どもの成長を祝う宮中行事を武家も行うようになり、江戸時代に入ると庶民の間にも広まって現在に至っています。

では、詳しく見ていきましょう。

七五三の始まりは平安時代の宮中儀式

七五三の由来は、宮中で3歳・5歳・7歳の年齢ごとに行われる儀式にあります。

  • 3歳は、髪置きの儀(かみおきのぎ)
  • 5歳は、袴着の儀(はかまぎのぎ)
  • 7歳は、帯解きの儀(おびときのぎ)

この3つが時代を経るうちに、七五三として男の子は3歳・5歳に、女の子は3歳・7歳に祝う形に変化していきます。

髪置きの儀(かみおきのぎ)

平安時代、子どもは生後七日目で産毛を剃り、3歳までは坊主頭で育てられていました。

それというのも、頭髪から病気が入ってくると考えられていたためで、坊主頭=病気の予防だったのです!

坊主頭

そのため、髪の毛を伸ばすのは、ある程度大きくなってからでないと危険なわけです。そろそろ髪を伸ばして大丈夫という目安は3歳に置かれていました。

つまり、髪置きの儀(かみおきのぎ)は、3歳になったので、髪を伸ばし始めましょうという儀式です。

髪置きの儀では、子どもの頭に綿白髪をかぶせて櫛で左右にすくという儀式が行われるのですが、これには髪が白くなるまで長生きするようにという意味が込められているそうです。

目的が病気予防ですから、男の子も女の子も等しく坊主頭で赤ちゃん期を過ごし、髪置きの儀を迎えていました。現在の七五三でも3歳は男女ともに祝うのは、こうした背景があるからですね。

髪をとく

ちなみに、お腹の中にいた時の産毛を剃ると健康な頭髪が生えてくるとも言われています。実は、私も生後すぐの写真は、つるぴんです(笑)。もちろん記憶はありませんが、人生最初で最後のスキンヘッドでしょう(笑)。

袴着の儀(はかまぎのぎ)

平安時代、宮中では、子どもが2~3歳を迎えると、初めて袴をはく袴着の儀(はかまぎのぎ)というものがありました。

源氏物語でも、

  • 光源氏自身の袴着の儀が皇太子であるお兄さんより華やかで嫉妬を集めた
  • 明石の君が産んだちい姫を引き取って、袴着の儀で光源氏の娘として披露した

など、袴着の儀にまつわるエピソードがいくつか出てきますよね。

このことからも、平安時代の頃は、袴着の儀男女問わずに行われていたことが分かりますね。

緋袴

ところが、袴着の儀が武家に伝わると、5歳を迎える男の子だけの儀式に変化していきます。(宮中の女性は袴をはきますが、武家の女性は袴はかないことも大きいかも)

武家の風習が庶民にも伝わり、5歳七五三男の子だけが祝うようになりました

袴着の儀は碁盤の上で行われた

袴着の儀では、子どもを碁盤の上に立たせて、碁盤の上で袴をはかせ、最後に碁盤から飛び降りるということが行われました。

これには、

  • 碁盤の目のように規則正しく育つように
  • 碁盤の上に立つように子どもが自立できるように
  • 碁盤から飛び降りる勢いで運が開けるように

という意味が込められていると言われています。

この儀式は、現在の皇室でも「深曾木の儀(みそぎのぎ)」として執り行われていますし、七五三の「碁盤の儀」としてよういされている神社もあります。

碁盤

帯解きの儀(おびときのぎ)

今までの2つは平安時代から行われていましたが、「帯解きの儀(おびときのぎ)」は室町時代に貴族の間で始まった風習です。

帯解きの儀では、初めて帯を締めるということが儀式として行われます。それまで、着物を着るためにつけていた紐を落とすことから「紐落とし」とも呼ばれました。

室町時代は、9歳で、男女問わずに行われていましたが、帯解きの儀は江戸時代に女の子の7歳のお祝いの儀式に変化しました。

帯を自分で締められることが、大人への第一歩だったのですね。

帯結び

江戸・明治を経て今の形式に

江戸時代に入ると、先ほどご紹介した子どもの成長を喜ぶ宮中の儀式が武家の間でも行われるようになります。

11月15日になったのも江戸時代

近頃は、七五三は10月から12月初旬の間に行くようになりましたが、本来、七五三といえば11月15日です。

11月15日が、七五三の儀式を行う日として定着したのは江戸時代のことです。それ以前は、特に時期は決まっておらず吉日を選んで行われていました。

なぜ11月15日が七五三の日になったかについて色々な説があるのですが、いくつか有力なものをご紹介しましょう。

    11月15日が七五三の日になった由来とされている説

  • 霜月の祭り」で収穫の感謝と一緒に子どもの成長を報告し祈った
  • 旧暦の11月には、産土神や氏神様に収穫に感謝する「霜月の祭り」のある月です。そして旧暦では15日は満月の日です。収穫の感謝と一緒に子どもの成長を神様に報告していました。

  • 旧暦の11月15日は、二十八宿の最高の吉日・鬼宿日(きしゅくにち)で日柄が良かった
  • 鬼宿日は、鬼が出歩かないため、婚礼以外何をするのにも良い日とされていました。

  • 徳川家光が病弱だった綱吉を心配して旧暦11月15日に袴着の儀を行った
  • 11月15日が選ばれたのは鬼宿日だったからと言われています。これ以降、将軍家の袴着の儀は11月15日に行われるようになりました。

ちなみに、江戸時代の11月15日は旧暦です。明治に入り暦が新暦に改まってからは、新暦の11月15日に七五三が行われるようになりました。

七五三は何歳でいつ行くのがベストなのか詳しくは⇒
七五三はいつやるのがベスト?3歳・5歳・7歳それぞれ早見表で分かりやすく

江戸中期になると、庶民の間でも七五三が広まります。

この陰には、江戸の呉服屋有名神社が一緒になって、11月15日には神社にお参りして子供の成長を祝いましょうという宣伝があったそうですよ。今でいうプロモーションですね(笑)。

呉服屋

七五三と呼ばれるようになったのは明治から

明治に入ると、関東北部を中心に行われていた七五三全国に広がっていきます。

また、現在の七五三の形になったのも明治時代になってから。そして、11月15日のこどもの成長を祝う一連の儀式に七五三」と呼ばれるようになったのも明治時代のことでした。

神聖な場所に張られるしめ縄は、注連縄とも七五三縄とも書きます。日本では、割り切れない奇数は、縁起が良いとされてきましたから、「七五三」は、子どもの成長を願う行事にふさわしい名前ですよね。

七五三縄

まとめ

七五三は、子どもが無事に成長するのが難しかった時代に、3歳・5歳・7歳と成長の節目を無事に迎えたことを喜び、成人まで健やかに育つことを祈るという意味がある行事です。

七五三の由来は、平安時代や室町時代に宮中で子どもの成長を祝うために行われていた儀式にあります。

  • 髪置きの儀3歳になって初めて髪を伸ばし始める儀式
  • 袴着の儀5歳になって初めて袴をはく儀式
  • 帯解きの儀7歳になって初めて帯を結ぶ儀式

いずれも最初は、男の子も女の子も行っていましたが、江戸時代に入って武家の間で儀式が行われるようになると、

  • 髪置きの儀 → 3歳になる男の子・女の子
  • 袴着の儀 → 5歳になる男の子だけ
  • 帯解きの儀 → 7歳になる女の子だけ

と今の七五三の原型が出来上がります。

また、11月15日が七五三の日として定着したのも江戸時代に入ってからのことですが、徳川家光が病弱の綱吉を心配して11月15日に袴着の儀を行ったためという説が有力です。

子どもが7歳を迎えるのが大変だった時代と今では、7歳を迎える意味の重みはどうしても違ってきますが、時代や社会がどれだけ変わっても、子を思う親心は同じです。

七五三を迎えるお子さんには、

元気に成長した姿を神様にお見せして、
これからも元気にすくすく大きくなれるように
神様にお願いする
ために七五三をする

のだと、ぎゅっと抱っこして話してあげてください。

子どもが元気に育つのが当たり前の今の社会に感謝しながら。。。


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